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このweb siteは現在名古屋大学 高等研究院/生命農学研究科 特任助教 塚越啓央の研究を紹介するページです。

植物分子生物学を用いた植物の根の転写ネットワークに興味を持ち研究を展開しています。

(塚越啓央のCVはこちら

 植物の根の大きさを制御する転写ネットワーク

 多細胞生物では細胞分裂と分化のバランスを適切に保つことが正常な成長に極めて重要です。動物においては、この両者のバランスが崩れるとがんを引き起こす一要因になります。植物では根と地上部の先端から供給される幹細胞(メ リステム)から連続的に組織が形成される為に、このバランスが崩れると未成熟な生育や、異常な形態形成が引き起こされてしまいます。シロイヌナズナの根端 は長軸方向にメリステム領域と細胞伸長領域に大別されています(Figure 1)。メリステム領域は分裂活性の高い細胞を供給しているが、伸長領域ではその細胞分裂活性が低下しています。通常メリステム領域の細胞数と細胞サイズは ほぼ一定に保たれていますが,細胞伸長領域の細胞は急激に長軸方向へ肥大化して根の伸長を支えています。この過程はメリステム領域と伸長領域の境界に存在 する位置情報により制御していると考えられており、植物ホルモンであるオーキシンとサイトカイニンを介した転写因子サーキットがこの境界領域での急激な細 胞機能転換に重要であることが報告されています(Dello Ioio et al., 2009 Science)。しかし、植物ホルモンによる制御のみが細胞機能転換に重要であるかどうかは不明な点が多く、植物ホルモンとは異なる制御機構の一つとし てレドックスシグナルがメリステムの活性を維持しているという報告もなされています(Vernoux, et al., 2000, Plant Cell; Dunand, et al., 2007 New Phytol.)。また、動物細胞においても活性酸素種(ROS)の空間的分布が細胞の静止状態と分化状態の機能転換の情報伝達物質として働いていること も示されています (Owusu-Ansah, and Banerjee, 2009, Nature)。

 私 はこの境界情報に依存した細胞機能転換過程を上位で制御していると考えられる遺伝子発現調節因子(転写制御因子)を同定し、分子生物学的手法を用いた機能 解析から前述の急激な細胞機能転換機構の分子メカニズムを明らかにしようと試みています。すなわち、生物の機能調節において特にマスターレギュレーターと 呼ばれるような転写因子は形質の発現を担う一群の機能的に関連した遺伝子の働きを制御すると考えられ、これにより包括的な有用遺伝子資源の生産制御が可能 となります。特に後述するUPB1の機能解析から分かってきたROSのシグナル分子としての根の成長制御への関与に着目して研究を展開しています。

Fig1. Arabidopsis root meristem

Figure 1. Arabidopsis root meristem

 

シロイヌナズナの根

 私の研究マテリアルはシロイヌナズナの根です。シロイヌナズナは種々の分子生物学的手法が確立されており、また、根の構造が単純で容易に細胞系譜をトレースできるという特徴を持っています。それ故、顕微鏡観察も簡便に行うことが可能で、例えば、緑色蛍光タンパク質(Green Fluorescent Protein;GFP)を発現した形質転換体を用いることで根のどの細胞系列でどのようにGFPが発現するかを捉えることができます。さらに、細胞系譜 のみならず、前述のメリステム領域と伸長領域の境界を比較的明確に区別することも可能です。アメリカDuke大学のPhilip N. Benfey教授らのグループによりRoot Mapと呼ばれるマイクロアレイを用いた詳細な遺伝子発現地図も作製されており、in silicoでのデータ解析も可能となっています(Brady et al., 2007 Science)。

Figure 2. Arabidopsis root

A. 6dai (day after imbibition) Arabidopsis seedling. These plants grown on the 1% sucrose containg MS medium vertically.
B and C. Confocal microscope images of Arabidopsis root. B pUPB1-GFP plant. Green arrows indicate GFP (Green Fluorescent Protein) expression.
C. 35S-UPB1-3YFP plant. UPB1 was expressed ectopically by 35S promoter. UPB1 fused with 3xYFP (3 times repeat of YFP) localized in nuclears.

 

 

植物根端の細胞分裂から細胞分化への移行を調節する転写因子UPB1

 

RootMapデータから、メリステム領域と細胞伸長領域の境界領域で遺伝子発現のピークを示すUP BEAT1(UPB1)と命名した転写因子を同定しています。upb1変異株は根が長くなり、過剰発現株は根が短くなることから、UPB1は根の生育を負に制御していると考えられました。さらに、upb1変異株と過剰発現株を用いたマイクロアレイ解析、ならびにクロマチン免疫沈降法とゲノムアレイを組み合わせたChIP-chip解析から、UPB1はペルオキシダーゼの発現を直接負に制御していることが分かりました。この結果から活性酸素種(ROS)が細胞分裂から伸長への機能転換に重要なシグナル分子として働いている可能性が示唆され、UPB1の生理学的解析により少なくとも2種のROS,超酸化物(O2-)と過酸化水素(H2O2),の根端における空間的分布が細胞機能の決定に関与していることを見いだしました。今後はUPB1をシロイヌナズナのみならず作物等の多様な植物に利用することで、成長速度を調節できる植物の育種に貢献できる物と期待されます。

 Figure 3. Model of UPB1-dependent regulation of meristem size.

In Col-0 root tips,Superoxide (O2-) accumulates in the meristem (blue area), whereas hydrogen peroxide (H2O2) accumulates in the elongation zone (green area). UPB1 represses expression of peroxidases (pink circles) in the elongation zone. The confocal image in this figure shows double staining of O2- and H2O2. Red indicates O2- and green indicates H2O2 accumulations.

 

ROSをシグナルとする転写ネットワーク

 

 現在はUPB1 の機能解析から得られた知見を基に、ROSによる植物の根の大きさを決定する転写ネットワークの研究を行っています。特に分子生物学的にまた細胞生物学、 さらにはSystem Biology手法を最大限に活用し多面的な解析を進めています。この為に大規模なトランスクリプトーム解析やRootArrayと呼ばれる最新のリアル タイムイメージングシステムを用いて研究を行います。

Figure 4. Model for the ROS signaling on transcriptional regularation in the Plant cell.

 

RootArrayはアメリカDuke大学のPhilip N. Benfey教授の グループとオーストリアGregor Mendel Institute of Molecular Plant Biology (GMI)のWolfgang Buschグループリーダーとの共同研究ベースです。RootArrayはスライドグラスほどの大きさの培養器中で直接シロイヌナズナを生育させるシステ ムで、培養器には空気と液体培地を循環させるポートが存在し、自由に培地条件を操作することが出来るシステムです。直接この培養器を共焦点顕微鏡にセット できる為に一度に多検体のリアルタイムイメージングが可能です。(詳細はこちらから)

 

参考文献

Dello Ioio, R., Nakamura, K., Moubayidin, L. et al.:A genetic framework for the control of cell division and differentiation in the root meristem. Science,322, 1380-1384. (2009)

Vernoux, T., Wilson, R.C., Seeley, K.A. et al.:The ROOT MERISTEMLESS1/CADMIUM SENSITIVE2 gene defines a glutathione dependent pathway involved in initiation and maintenance of cell division during postembryonic root development. Plant Cell, 12, 97-110. (2000)

Dunand, C., Crevecoeur, M. and Penel, C.: Distribution of superoxide and hydrogen peroxide in Arabidopsis root and their influence on root development: possible interction with peroxidases. New Phytol., 174, 332-341. (2007)

Owuse-Ansah, E. and Banerjee, U.:Reactive oxygen species prime Drosophila haematopoietic progenitors for differentiation. Nature, 461,486-487 (2009)

Brady, S.M., Orlando, D.A., Lee, J.Y., et al: A high-resolution root spatiotemporal map reveals dominant expression patterns. Science, 318, 801-806. (2007)

 

研究業績

 

LINK

○名古屋大学大学院生命農学研究科 生物化学研究室

○名古屋大学高等研究院

○名古屋大学大学院生命農学研究科

○日本植物生理学会

○TAIR (The Arabidopsis Infromation Resource)

 

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